太朗にぴったりの缶に
晒しで袋を作り、お骨を納めました。
太朗の祭壇は、大好きだった山の見える一等席にありましたが
陽当たりが良すぎて劣化が心配なので、四十九日を迎えるのを機に
ぶーと並べて安置しました。
「空へお散歩」のパズルも間に合った。・
辛かった闘病生活は、長く辛い日々だったけど
ずっと近くに太朗がいて
太朗の命を預かってるような時間で
今、思えば とても濃い時間を過ごせた事 幸せだった。
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最期に抱っこして観た中秋の名月。
そろそろ季節が冬に近づいてるのに、そこに残されたままです。
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あまり考える時間を作らないように、本を読んだり 色々な物を作ったりしています。
でもまだ今は、麻酔が覚めかけたあたりの感じで暮らす日々。
いつまでやってんだろ‥‥‥と自分でも思います。
先々週大阪へ行った一つの用は
プリザーブドフラワーのお店をしてる従姉妹のところへ 太朗のお花を作る材料を分けて貰いに行く事でした。
夏に旅立った叔父の仏前に手を合わせ
人生って終わりの景色で かなりの割合で 良し悪しが印象づけられるとしたら
叔父は、娘に側に付いていて貰えて 図らずも先に旅立った叔母がきっと待っていてくれると誰もが思える夫婦で
そんな事も含め 良かったのではと思うのです。
太朗のお花は、毛の色のゴールドを入れて
棺に入れた花のイメージで青を基調にしました。
その材料でやっと出来たのが今日。
ぶーの時は淋しくないようにと、あれやこれや考えて飾ったり あみぐるみを作ったりしたのですが
今回は、まだ向き合えなくて 目を逸らしてばかりいて 手が進みませんでした。
でももうすぐ四十九日
毎日 父の仏前には「万が一、太朗が行く事があれば 私が行くまでしばらくの間 よろしくお願いします。」とはお願いしてるものの
少しずつ、いない事に慣れなくてはと こんなのろのろ作業を進める訳です。